『独立Web相談所』開業2周年(執念)と今後について

どうも、こんばんは。
榎本晋作です。

え〜、晋作TVですが
今回は本当に文字だけのブログです。

それは
ありかなしかで言われると「?」ですね^^;

 

それはともかくとして
本日6月12日は
世間ではサッカー日本代表のオーストラリア戦が盛り上がっておりますが
我が独立Web相談所も開業2周年になります。

いやぁ、ホントに色々ありました。
全部書いたら『家庭の医学』ほどの厚さになりそうです。

今の段階で『家庭の医学』になるんだから
この後、どうなっちゃうですかね^^;

そんな『家庭の医学』であった
この2年間を一言で言えば
「2執念」でした。
志半ばで友達の企業の役員を退任し
また、その後に任されたNPO法人もメンターとの衝突により解任される。

そんな泥沼の中でスタートでした。
(2010年6月)

・貯金は1万円
・人脈なし
・経歴もまともなのはなし
・能力はコーディング技術とアドワーズ広告のちょっとしたノウハウのみ
「カネ・コネ・経験・実力」全てなし。。。。
情熱もあったかは定かではありません。

そして2ヶ月で
続けざまに2つの事業に失敗しました。
(失敗は成功の母とかそんな余裕ないです。。)

 

わずかにあったコーディングの技術のおかげで
電子書籍会社でバイトをして何とか生きてたのですが
そこも経営が先行き見えないという事で退職しました。
(社長と社員さんがいい人でした。)
ちなみに、Macについて詳しくなったのは
ここの会社のプログラマーがめっちゃMac詳しかったからです。
(東大卒の小説家プログラマーという異色の経歴)

その後は、時間が確保できるという事で
肉体労働のバイトで食いつないでました。
「この苦労話もいつか本にできるだろう」

と根拠もないマインドコントロールを自分にかけて
頭おかしくなりそうでした。

 

プライベートできつかった事もありました。

 

「自分と同じ事業家の道を選んだおじぃさまはきっと喜んでくれる」

と少年みたいな孫孝行精神もあったのですが
両親から

「あんたのやってる事を理解できるはずない」

という理由で親戚の中で隠された存在になってしまったことです。。。。
(家族全員に不信感さえ抱くほどの精神状態に^^;)

 

しかし

「確かに、京都の匠とか医者とか銀行のお偉いさんがいるような榎本一族で
俺のような異物はまずいわなぁ。。。」

と今になって思います。
(でも、当時はめっちゃ傷ついてました。)

話を戻して
本業で初めて利益が出たのが
2011年1月でした。

もともと、とんでもなく安い見積もりだったのに加え
デザイナーへの支払いとかしてたら自分の手元には
2,500円しか残りませんでした。
(しかし、超安い報酬で1週間死ぬほど働いてくれたデザイナーには本気で感謝してます。)

そして
すずめの涙くらいですがだんだん自分の名前でお金が入ってきた直後に
あの震災が起こりました。

 

世の中は東北を救うムード一色でした。
私も心の中ではそうでした。

しかし、募金箱に寄付するお金は私には皆無でした。
募金箱を差し出された時に
素通りするしかなかった事を思い出すと今でも泣けてきます。

 

本当に口だけで無力な自分が悔しかったです。

 

当然、その時期にまともな仕事もなく
ついには貯金がつきてカップラーメン食べながら
公園で金にもならない変な仕事してました。
(自分のお人好しが更に苦しめてました…)

3月,4月の収入は0円でした。

その後は
ノラリクラリと頼まれた事をやって
すずめの涙が鳩の涙くらいになりました。
そんな2011年5月のある日に

 

「でも、俺フリーランサーだし
自分のやりたい仕事(ていうか得意な仕事)
やらないといかんのではないのか!?」

と思い始めました。

「やっぱ
俺、人に教えたり、コンサルティングするのが好きやねん。」


 

と自分の中の気持ちに素直になり
ソーシャルメディアのセミナーやったり
少しづつですがコンサルティング契約とかいただけるようになりました。
(関西弁なのは気にしないでください。私は京都出身です。)

その後は
めちゃくちゃ多難でしたがなんとかやってました。

企業さんからセミナー依頼やご相談やコンサルティング依頼をいただいたり
大学から講演依頼をいただいたり。

 

本当に色んな人にお世話になりながら
食いしばってる感じです。

 

なんとお礼していいかわからないです(涙)
2009年3月には大卒NEETだった私が
(学者を目指してたため就活はしておらず)
人に何か物事を教える方の立場になるとは自分でも本当に驚きです。

まだまだ未熟者の私ですがたった一つ伝えられることは

「何事も選択肢を他人に依存せずに
自分で選んで行動し続けること」


だと思います。

さてさて、こんな感じで

「・Webを使った売り上げアップの仕組み作り(マーケティング)
・セミナー講師
の2本柱で実績積み上げていけば、なんとかフリーランサーとして生きていけるだろう。」
と思い始めた先月(2012年5月)
私はある疑問にぶつかりました。

「俺、何のために事業やってるんだろうか?」

思えば、浪人時代に弁護士になりたかったのは

「世のえん罪事件をなくしたかったから」

大学時代に学者になりたかったのは

「世界の貧困問題を解決するための教育者になりたかったから」

と基本的に私はこのような目標思考の人間です。

しかし、フリーランサーになってからは
毎日の食事代やケータイ代を稼ぐために必死で目標を見失ってました。
(スターバックスで昼食に砂糖食べるようなとこからスタートしていたのですから
無理もないかもしれません。)

そんなこんなで悩んでるうちに
自分の中でふと思ったのは

 

「自分のやってるマーケティング活動は
本当に世の中の役にたっているのだろうか?」

そして、先月
私は林業(苗木屋)を営む祖父と叔父からこんな話を聞きました。

 

「うちが衰退する林業界で残ってこれたのは
流行りを気にせずに常に植樹される山の事を考えてきたからだ
苗木は山をよくするためにある


 

苗木は山のためにある。
自身の事業は山をよくするためにある。

 

この話を聞いて
私は事業のあり方を考えるようになりました。

 

「企業(事業)の本来のあるべき姿は社会的に存在する問題を解決するためのもの」

 

これだ!

そして、私の事業の役割は

 

「社会的意義を持っている企業(事業)や商品の想いを具体的に表現し
また、マーケティング力を付与する事だ!」

 

そうすれば、世界は善くなる!
社会から応援される企業とはこういう企業だ!

事業コンセプトは

【社会問題意識に添ったコンセプト作り】×【マーケティング力】=【あなただけの答え】

私の事業は
「応援される企業のプロデュース業」だ!

コンセプトを実現する企画力と
それを具体的に表現する戦術を作ること

 

これをサービスにやっていこう!!!

「今のまま、やっていけば食っていけるレベルにはなるのに
こんな不確定な事やっていいのか!?
もっと、器用にやればいいのに。。」

 

と厳しい意見をいただいたりしましたが
常に世界をよくするために私はチャンレンジしたいです!

 

不器用ではあるけど誠実にやっていきたいんです。

 

今まで培ったWebマーケティング力を私は社会還元します!!

こんな感じで今後はやっていこうと思ってます。
一応、メニュー表はこんな感じになってます。
(とりいそぎ、作りました。)

独立Web相談所メニュー(PDFになります)

※現在、サイト作ってます。
今年のテーマは

 

「組織化」(そろそろ1人よりも同志と活動したい)
「変革」(日本のマーケティングのあり方を変革します!)

 

でいこうと思います。
まもなく27歳になろうとしているいい男が
相変わらず不安定かつ夢見る少年みたいな事をしておりますが
今後ともなにとぞ、どうぞよろしくお願いいたします。

 

独立Web相談所 代表
榎本晋作

Share on LinkedIn
このエントリーをはてなブックマークに追加
LINEで送る

Shinsaku Enomoto

Shinsaku Enomoto

ブログ記事を読んでいただきありがとうございます。晋作チャンネル管理人の榎本晋作です。 本ブログで、僕が学んできた事や読者の方に有益な事をお伝えできればと思い、記事を執筆させていただいております。 ▶プロフィール ▶Twitter:Shinthanks: ▶Facebook:Shin Enomoto
Shinsaku Enomoto

Shinsaku Enomoto の紹介

ブログ記事を読んでいただきありがとうございます。晋作チャンネル管理人の榎本晋作です。 本ブログで、僕が学んできた事や読者の方に有益な事をお伝えできればと思い、記事を執筆させていただいております。 ▶プロフィール ▶Twitter:Shinthanks: ▶Facebook:Shin Enomoto
カテゴリー: 仕事について, 榎本晋作   パーマリンク

コメント

  1. Webコーチ 池浦 より:

    >すずめの涙が鳩の涙くらいになりました。
    ウケたw

    苦労してきたんだね。
    苦労してきて、失敗してきたからこそ、今の事業が見えてきたんだろうね。
    3年前から知っている身として、ものすごく成長したよね、しんさく。

  2. 匿名 より:

    お世話になります。とても良い記事ですね